6月8日(月)店舗拡大をどうするか、宇治観光

4時起床、昨日の朝のウォーキングはAPAホテルから歩いて7分、
西本願寺へ行った、
龍谷山本願寺親鸞聖人によって開かれた、
親鸞は日野の里で生まれ、9歳で青蓮院で出家得度する、
その後叡山で学問修行、
29歳の時法然聖人の弟子になり「南無阿弥陀」という念仏の教えに帰依する、
35歳の時、念仏弾圧により越後に流罪恵信尼を妻に迎え関東に移って念仏を広める、

境内は、阿弥陀堂、御影堂、国宝の唐門、飛雲閣、広大な敷地だ、
信者の参拝、観光客が連日押し寄せている。

小一時間の散歩だったが御影堂にも入れて頂き、凛とした空気に触れる事が出来た。

駅前APAホテルも外人さん観光が増えほぼ満員、朝の食事は20分待ち、
腹ごしらえもでき、9:40の宇治平等院と紫陽花三室戸寺
6時間半の観光バスに乗る、天気もいい、絶好の観光日和、
京都も梅雨入りしたそうだが、初めから中休みの状態らしい、
伏見城が山の上に見える、秀吉の二度にわたる築城、慶長元年の大地震で倒壊、
翌日から築城が始まったらしい、そのうちチャンスがあれば訪れたい。

初めの訪問寺は、三室戸寺5千坪の大庭園、西国観音霊場十番札所、
観光化され、祈るという霊験な気持ちは湧いてこない、御朱印だけ頂く、

続いて平等院鳳凰堂、日曜日とあってバスも多い、修学旅行の定番だ、
まだ早いが昼食付きのツアー、橋のふもとの喜撰茶屋へと案内される、
眺めは抜群、食事の弁当もさぞ美味いだろうと思ったが、
まるでダメ、軽く箸を突き、平等院見学に向かった、
平等院は、1052年藤原頼通が父の道長の別荘を寺院に改め創建、
阿弥陀如来を安置する阿弥陀堂、経典に描かれた浄土の宮殿をイメージした、
優美で軽快な殿堂、

庭園も簡素ながら極楽浄土を思われる雰囲気が漂う、
宝物は鳳翔館に納められいる、梵鐘、鳳凰一対、雲中供養菩薩像26体、
見応えがあった、平等院阿弥陀如来は2時間待ち、入れなかった、

修復以前の鳳凰堂、修理中の鳳凰堂、修復後の鳳凰堂を載せて置く、

鳳翔館を見学中、高齢者は倒れている、
AEDされたんですか、いや直ぐに救急車が来ます、と大慌て、
10分待てど救急車は来ない、
倒れて15分以内に処置をしないと生き返らないと私は聞いていた、
雲中供養菩薩像が26体ある展示室のこと、
本人にしては極楽を夢見て気を失ったんだろう、

110分の自由行動は、ここで終わってしまった、
宇治川散策、宇治上神社は次回のお楽しみだ。
朱印帳ブームが長蛇の列を招くている、女性がファンが多いのだろう、

続いていったのが醍醐寺三宝院、世界文化遺産に指定されている、
三宝院は醍醐寺塔頭、秀吉がここで花見を催し、自ら縄張りをし、
名石「藤戸石」を聚楽第から運んだと言われている、石組みが素晴らしい、
庭園は誰の作かは知らないが、ジッと座っていると吸い込まれそうになる、
五重塔まで行きたかったが、ここも次回じっくりと訪れたい寺院の一つ。

勧修寺、園遊式の庭園が見もの、

4:30の新幹線ひかりで帰宅、東京までグッスリと寝ていた、
京都から郡山、郡山から会津若松駅、22:02到着、

店舗拡大をどうするか、二度と無いチャンスなのだが、
息子たちはいたって堅実派、乗ってこない、
今日の朝のミーティングで結論を出す、

朝のミーティングが済み、丸正さんへ謝りに行く、
私が先頭だってやる訳でもないので仕方ない、
渋川君にも謝ってきた、
大家の塚原さん、店舗面積拡張はダメとの返事、
世の中そう上手くは行かないもんだ。

帰りにさつき展へ寄った、見事なサツキが所狭しと並んでいる、
冬の水やり管理を怠ると死んでしまうらしい、