7月4日(金)人・人・人だらけ

マンモス東京は人、人、人どこへ行っても人だらけ、
息が詰まってしまう、大自然など微塵も感じられない、
ビルの林立、電車は1分置きにやってくる、私には住めない所だ。

3時起床、上野駅前ツーリストホテルに泊まる、
ネット上では遜色無い所と選んだのだが、
現物を見てがっかり、部屋は良く無いし、テレビも小ちゃい、
バストイレはやっと入るぐらいの小ささ、8400円にしては少し高め、
朝飯が良ければ、少しは諦めつくが果たしてどうだろう、、、、
写真だけでは安心出来ない、

昨日はJSERA理事会、今期最後の理事会になる、
議題も多く、蓮田専務の最後の仕事テキパキとさばき、協議された、
石川県金沢で行われる全国大会の件、甲理事長が来て詳細を説明、
大方了承された、
聞けば、蓮田さんは9年間JSERA理事として活躍された、頭が下がる。

体育の日にボールを贈ろうの件、各県から実施要綱の提出願い、
それに沿ってJSERAから17000円拠出される。

理事選出の件、全国ブロック会長7人の選出委員が別室で協議し、
大枠が了承される、私はどちらでも良かったが、
もう一期務めることになった、

今年度決算見込み、赤字になりそう、

三大大会協定書の件、後日交わされる、

顧問依頼、橋本聖子代議士快く引き受けて頂く、

活路事業、動き出した将来は優良店制度が導入され、
スポーツ店の向上を図る。

いつもの三定で懇親会、
専務理事の蓮田さん、関水副理事長の退任慰労会となった。

次期執行部は重森仁理事長、土赤専務理事コンビとなる、

昨夜は電子本で春を背負ってを読んで居て、9時頃就寝、

今朝はオンデマンドで歴史ヒストリア、官兵衛二十四騎の活躍を見て居た、
福岡城に移った官兵衛はまちづくりに二十四騎が大活躍する、
官兵衛の人使いは天下一品、細やかに観察した人物像が残されている、
福岡城構築、博多の商人まちづくり、戦国武将の強さをまざまざと示した、
関ヶ原の合戦時は長政が藩主、三成側にはつかず、徳川に付く、
その時、官兵衛は密かに九州全域に仕掛ける、官兵衛最後の戦だったろう、
征服するも徳川の目が光ると一気に手放す、

母里太兵衛は福岡一の人気者、黒田節の槍の逸話、
のちの斉清が二十四騎を忠実に描かせた絵図が残されている。
黒田如水官兵衛は只者に非ずであった事を知った。

今日の目的は国立博物館で開催されている、
故宮博物院秘蔵の品々をじっくりと見学して来る、
台湾では2度見ているが、
これが最後見学となる、
中国宋の時代から清の時代まで受け継がれて来た秘蔵物、
1000年間を垣間見る事になる。

ビックリした、正門前には長蛇の列、

それにチケット無しはチケット買ってから再度並ぶ始末、
これは大変な事になった、仕方無く白菜は後から見ることにして、
白菜以外のものを見る事にした、以前台湾で見た時よりもゆっくりと観れた、
解説もしっかりと書かれて居て、理解度も増した、これで十分満足はしたのだが、
白菜の見たい、再度並ぼうとしたが最後尾に170分の表示、
これにはさすがの私も我慢が出来ない、諦める事にした、台北では2度見ているので、
諦めも利く、日本の文化的民度は世界一だ。

4:30の高速バスで帰る予定、どうして時間を潰すかが問題だ。

思い付いたのが、飛鳥山公園渋沢栄一記念館、
4年前に一度訪れている、

渋沢栄一は1840年、埼玉県深谷市血洗島で生まれる、
波乱万丈な青春時代、徳川慶喜が京都へ移ってから幕閣に入り活躍する、
特にイギリスで開催された万国博覧会へ派遣された頃から、世界観が芽生える。
帰国して明治維新が始まり、頭角を現す、
我国銀行第一号、第一国立銀行証券取引所、500近くの会社、
福祉事業にも関心を持ち多くの助成をする、
道徳経済合一主義を掲げ、論語と算盤は特に有名、
江戸幕末、明治維新、大正時代、昭和初期と日本の資本主義の基礎を築いた。

肉声もきいてきた。