11月26日(土) 正根寺宏先生を偲ぶ

ドイツ旅行中、坂本さんより、
正根寺先生が心筋梗塞で急逝されたことの知らせを受けた
昨年ここ岳温泉、扇やでけあき会を7年振りに開催し、
楽しいひと時を味わったばかりだった。

今年も8月に行うべく計画されたが
先生が検査入院をするので、もう少し時間を置いて行う事で了承していた。

それが突然の事で急逝された、
71歳、昨年は古希の祝いを兼ね先生もよほど気分が良かったのか
遅くまで付き合い、翌朝、じゃ来年また、と別れた、
その顔を忘れられない。

小野町のありたや呉服店二瓶さんが幹事をしてくれ、
今日の手配をしてくれた、
お世話になった人も大勢いたはずだが、
何らかの理由を言って断わってきた。

陰善をしつらえ、写真と本を備え、
思い出話に時間を忘れて語り合った

森さんと二瓶さんが通夜に参列してくれ、報告を受けた

正根寺先生とのご縁は30年も遡る、
当時福島県中小企業中央会が主催して後継者育成セミナーが猪苗代
翁島荘(県民宿舎)で行われていた、
私は二回目に参加した

初回参加の方より怖かった缶詰のセミナーで夜中まで討議して結論を出し
翌日、発表する、
頭がひっくり返るほどのインパクトを受けたとの報告を受けていた、

それなら是非行って見たいと2回目から参加をした、
4.5回は参加したように記憶している、
勇偉君も一度参加したはずだ、

歯切りのいい言葉で矢継ぎ早に飛び出すフレーズは田舎者にとって、
刺激的其のものであった、
10年ほど続いたセミナーも最終を迎え
このまま、途絶えるのは忍びないという事で、
坂本氏が音頭とりけあき会を立ち上げ
現在に至っている

商売も激流の真っ只中にあり、
多くの商店は消えたが我々はどうにか残っている、
今年は大震災に遭い、特に福島は原発事象に晒され、富岡の坂本さんは
今もって商売の未透視立たない、
商売熱心な坂本さんにとっては居たたまれない心境だろう、

来年もご縁を大切に会おうと言う事になった
土湯峠は一昨日以来の雪、吾妻小富士は雪化粧で綺麗だった、

10時より磐梯町で京都清水寺貫主森清範さんの講演があり参加した、
磐梯町清水寺法相宗興福寺と共に交流を図っている、

森さんの話は流暢な京都弁で最近起こった事や、
仏教、宗教の教えを現代風に分かり易くと説き
一時間がとても短く感じた

今年の一文字は何になるのだろう、毎年、森貫主が清水の舞台で墨書される
今年も2回ほど、立命館校友会で京都に行った、
学生時代4年間、過した京都は第二の故郷のように思える。