1月27日(金) ある明治人の記録

 
 この本は柴五郎陸軍大将が少年時代、戊辰の役で家族を失い
苦酸を舐めた斗南藩での生活や
陸軍に入り日清、日露、北清事変、第二次世界大戦終結の12月23日に没した日までの
記録を残した本だ

今回は会津人群像に河野十四生さんが不撓不屈の士、柴五郎を取上げ詳しく書いている
柴五郎の少年期は「ある明治人の記録」で赤裸々に遺書として本人が書いている

発端は義和団事件で、日本を含む八カ国の国民と兵士が北京城に50日余りの籠城を余儀なくされた
その時飢えや病気で苦しみながら戦い抜き、柴陸軍中佐が沈着、冷静に指揮を取ったことが
西洋諸国から賛辞を受け、日英同盟を結ぶ切っ掛けを作ったのが柴五郎中佐であった

会津でもそんなに注目されていないが戊辰後の明治、大正、昭和と軍人としては世界的に有名な方だった

ある明治人の記録は、会津人なら是非読んで欲しい本だ

南相馬立命校友、立谷さんから電話があった、神戸の橋本寛一君から雛人形を託されていて
立谷さんが宮城と福島の県境に仮設住宅が多く建てられ、その集会所に寄付して欲しい旨が届いた

何もかもが津波にさらわれ、雛人形と触れることで心が和む事になれば幸いである
1000年に一度あるかないかの経験をしたのだから・・・・・