7月26日(木) 立命館大学校友会報原稿

昨年、7月だったか立命館大学校友会会報に載せるので
会津の現状を教えて欲しいと、取材を受けた、

私と一つ下の大島君、同級で会津の事は全て知っている
渋川君が応対した。
会津は直接的な被害は少なかった、
地震による倒壊は見られたが
原発事故の影響がこれほどまで響くとは、誰もが思わなかった。

先日、立命館大学から1年4ヶ月過ぎ、
その後の会津をレポートして欲しいと連絡が入った
いかにも大学らしい、一過性で終わらない所はさすがだ、

早速、思うがまま、書いてみた

あれから1年4ヶ月が過ぎようとしています、
千年に一度と言われた未曾有の巨大地震なんとM9.1だった。
沿岸部は大津波に襲われ、2万人以上が犠牲になった、

福島には東京電力原子力発電所が8つもある、今まで原発の危険性など
疑いもしなかった、どんなことがあっても、原子力発電は安全です、
これは政府や原子力保安院
各電力会社が繰り返して主張・力説してきたキャッチフレーズであった、
クリーンエネルギーを合言葉に次々に作られて来た原子力発電所
地震に強い事は、見学に行った時も知らされていた、

まさか大津波が命取りになるとは、電源が切断され、すべての冷却システムが停止、
事故が発生した時の対策3原則は「止める、冷やす、閉じ込める」だそうだ。

スリーマイル島事故、チェルノブイリインドネシアスマトラ津波
この教訓は生かされなかった、まさに人災といわれても仕方が無い。
発電停止は出来たらしいが低温冷却が出来ない、時間との勝負

政府事故調報告では人災と報告されている、誰が責任を取るのか
世界中は固唾の呑んで今後の行方を見ている。

私の住む、会津は120キロも離れている、当初、東電から10キロ圏内が避難した、
次に30キロまで避難、何も持たずに避難した人も多かった、6万人も県外に避難した、
今も仮設住宅やアパートで暮らしている。

各地の汚染状況が知らされると福島は危ないとレッテルが貼られた、
それからが大変だった、
日本国中が放射能汚染にシビアになり
福島の物が売れない、触りたくない、福島の物には放射能が付いている
風評被害が始まった、

会津の基幹産業は観光、一時は昨対80%減で最悪の状態に陥った。
激減した観光客をどう呼び戻すか、
会津人の総力を挙げて、世界中に会津放射能汚染されてません、水も食物も安心して頂けます、
ぜひ、お越しくださいと宣伝している。

昨年は酷かった、中・高校の修学旅行は皆無に等しかった、
学校が取り止める理由は父兄の一言が決め手になり、取り敢えず今年は会津を避けましょう、であった。
宿泊地は閑古鳥が鳴いている始末だ。
来年に備え、市の観光課職員は一校一校挨拶に回ったそうだ、
会津は安心で放射能汚染は無いに等しいと説得して回ったとのこと。

NHKも動いてくれた、来年は「八重の桜」を大河ドラマに取上げてくれた
春からは少しずつだが、修学旅行生が戻ってきた、温泉地も賑わって来た、

会津の特産は全て線量を測定し、安全を確認して出荷している、
米もどうにか安かったが出荷はできたという。
全国の人は、恐らく会津風評被害で苦しんでいるなどという事は知らないかもしれない、

昨年は各地の祭りも取り止めになり、寂しい思いをしたが
今年は昨年の分も合わせて、盛大に行なわれている、
地域全体が一つになり絆が芽生えた、ガツーンと叩かれ、目覚めた会津人、
戊辰の役では、今以上の苦しみを味わった会津だった。

負けられません勝つまでは、どこかで聞いた文句だが、
かつて、荒廃した京都を再興した山本覚馬は立派な会津人だった。
英知を集め一丸となって、再興に勤める、
未来の会津人が昔の会津人は偉かったと言われる働きをしたいと念願している昨今です。
全国の立命交友の皆様、会津はいいとこです、一度訪ねて見てください。

ロンドンオリンピックが開会式前に始まった、女子サッカーカナダ戦
キックオフは午前1時半、見逃すわけには行かず、眠い目をこすり観戦
開始直後、どうもおかしい、硬くなっている、オリンピックの魔物が現れたか
いつものなでしこではなかった、
だか澤は最後のオリンピック、我を捨てて望んでいる、
前半33分に大野忍からパスを受けると、
ゴール前へ走りこむ大野へ合わせて縦パスでリターン、
大野が川澄へヒールパスで流し、最後は川澄がゴールを決めた。
やった、やった、なでしこジャパンバンザーイ(^。^)
勢いに乗ったなでしこジャパンは44分に鮫島のクロスボールから、
キャプテン宮間あやが頭で合わせ追加点、カナダを突き放した、
後半、1点返されたが守り抜きオリンピック初戦を勝利で飾った。
幸先がイイ、この調子でいけば、男子もスペイン戦で番狂わせがおこるかも?